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更新日:2026年2月26日
古い絵図によると現在の平章小学校の敷地内の体育館入口あたりとなる場所、丸岡城の表正面口、すなわち大手口には「追手門(大手門)」があったとされています。この「追手門(大手門)」のあたりではかつて丸岡藩有馬家の正月行事「吉祥 きっしょう(吉書)」が行われていました。

※小学校施設につき、関係者以外の立ち入りはご遠慮ください。
現代図では…

再生古地図では…

有馬氏の丸岡移封にともない、九州から伝えられた行事の一つに「吉祥(吉書)」があります。「藤原有馬世譜(柳田本)」や「国乗遺聞」(「丸岡城学術調査資料集第3集」2023年に収載)によれば、有馬家では毎年元旦、城の表門前で祝砲5発を放つ習わしがあり、この行事を「吉書」と呼んでいたと伝えられています。
この「吉祥(吉書)」の様子を、丸岡城の西側から描いた絵画「丸岡霞城御吉祥之図」には、裃姿で鉄砲を構える藩士や、見物に訪れた人々の姿が描かれています。また、背景には本丸の天守をはじめ、二の丸御殿、中門、追手門(大手門)、さらに内堀や石垣が見えます。資料名にある「霞城」は丸岡城の別名です。

「丸岡霞城御吉祥之図」江戸時代後期 個人蔵
※本画像の無断転載・転用は固くお断りします。
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