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更新日:2026年3月27日
丘上の本丸は、南西から北東へ細長く延びています。現在、券売所があるあたりには、かつて石塁や門が設けられており、この部分によって本丸は南西部と北東部の二つの区画に分かれていました。
「正保城絵図」のうちの「越前国丸岡城之絵図」(国立公文書館蔵)には、南西部と北東部ともに「本丸」と記されていますが、「丸岡城地之図」(福井県立歴史博物館蔵)には、南西部は「本丸」、北東部は「松の丸」と記されています。

「正保城絵図」のうちの「越前国丸岡城之絵図」(国立公文書館蔵)

「丸岡城地之図」(福井県立歴史博物館蔵)
現代図では…

再生古地図では…

かつて丸岡城には、どのような建物が存在していたのでしょうか。城絵図は、作成された時代や目的によって、曲輪や建物の呼び名が異なります。そうした違いを読み解くことで、当時の城のあり方や時代背景をうかがうことができます。
平成27年から平成30年にかけて実施された丸岡城天守の総合調査では、江戸時代および明治時代の絵図や史料の調査・研究が行われました。その結果、当時存在していた櫓や門の名称などが明らかになっています。(「丸岡城天守学術調査報告書」2019年に収載)
さらに詳しく知りたい方は「丸岡城天守学術調査報告書」の内容をより分かりやすくまとめられた吉田純一著 「丸岡城~ここまでわかった!お城の新しい知見と謎~」を参考になさってください。

「正保城絵図」のうちの「越前国丸岡城之絵図」(国立公文書館蔵)を加工したもの
「丸岡城~ここまでわかった!お城の新しい知見と謎~」より転載
丸岡城下町の歴史の変遷をもっと詳しく、そしてリアルに感じたい方は、「丸岡城下町再生古地図アプリ」を使ったまち歩きをぜひおすすめします。
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