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更新日:2016年5月25日

福井港

地域の産業と生活を支える福井港

福井港は、昭和46年に重要港湾に指定され、福井平野を流れる一級河川・九頭竜川の南に広がる三里浜丘陵を掘り込んで築造されました。
平成12年には、格付け変更され地方港湾となり、更に「特定地域振興重要港湾」に選定されています。
テクノポート福井の要の工業港として、地域物流の拠点・物流港として、発展が期待されています。
県民に親しまれる快適な港湾空間の創造を目指して、総合的な開発・整備を進めています。

福井港の沿革

本港地区

県では、繊維産業を主力とする内陸工業に加えて、付加価値の高い基幹産業の導入により産業構造の改善と県民所得の向上を図るために、昭和44年、九頭竜川左岸に広がる広大な三里浜に「福井臨海工業地帯」の造成と、その核となる大型船舶の出入が可能な掘込み港湾の建設を計画し、昭和47年に着手しました。昭和53年には一部を供用開始しました。平成12年には、国の港湾の格付け見直しにより地方港湾となりました。
現在では、国家石油備蓄基地や石油配分基地のエネルギー基地として、また「テクノポート福井」の拠点港として、さらには福井県嶺北地域を中心とした背後圏の物流基地としての機能を果たしております。
平成17年4月に、関税法上の開港指定、無線検疫対象港の指定をそれぞれ受け、平成20年には開港30周年を迎えました。

三国港地区

三国港は古くからの港ですが、光仁天皇の宝亀9年(778年)に送高麗使高麗朝臣殿嗣が渤海使張仙寿らとともに三国湊に来着したとの記録が「続日本紀」に見られます。以後、対岸諸国との貿易、穀倉地帯・越前加賀の穀物の積出港として栄え、江戸時代には北前船の出入りする「北国7大湊」として繁栄しました。
明治に入ると、オランダ人技師エッセル氏の計画・設計により、西洋技術を取り入れたわが国最初の港湾工事として、捨て石防波堤工事が行われ、日本郵船が就航しました。しかし、明治30年北陸線が開通し、鉄道の発達により、漸次舟運から陸運に移行し、三国港は衰退の一途をたどりました。
その後、河口港の宿命たる堆積土砂を取り除く航路浚せつを行い、1000トン級船舶が出入りし、石炭の陸揚げなど取扱貨物量は増加し、大正11年には指定港湾となりました。戦後は、第2次世界大戦や福井地震の被害を乗り越えて、戦前をしのぐ発展を見ました。
現在では、「越前ガニ」をはじめとする漁業の本拠地として、また海洋性レクリェーションエリアとして、平成17年4月に福井港九頭竜川ボートパークが供用開始しました。

福井港の詳細については、こちらの福井県土木部港湾空港課のページをご覧ください。(外部サイトへリンク)

 

場所情報

お問い合わせ

企画情報課

電話番号:0776-50-3013 ファクス:0776-66-4837

福井県坂井市坂井町下新庄1-1 坂井市役所本庁2階

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