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三国湊町

最終更新日:2011年1月1日  ページID:000040

 情緒ある格子戸が連なる宮太旅館、豪商の面影を今に伝える旧岸名家、大正ロマンを感じさせる旧森田銀行本店など、三国湊町の町並には歴史と魅力があふれています。
 三国湊は『続日本紀』の宝亀9年(778年)年9月癸亥条に初めて、その名が登場します。中世には興福寺別院大乗院を領家とする荘園に組み込まれ、荘園物資の積み出し湊として機能するとともに、商業活動が活発化し、湊町としての機能が整っていきます。近世には、北前船の中継基地として発展を遂げ、森田家や内田家といった豪商を中心に栄えました。
 しかし、明治になり、小松-福井間に鉄道が開通すると、港町としての機能を失っていき、漁港への転換を余儀なくされてしまいました。

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