三国の歴史は三国湊の歴史そのもので、中世、物資の積出港として軍事的にも経済的にも重要性を増した三国湊は、 江戸時代には福井藩の保護のもと、さらなる発展を遂げました。

眼鏡橋は大正2年(1913年)に築かれ、「ねじりまんぽ」という珍しい技術が採用されている橋です。

材木商の岸名惣助が代々住んでいた町家。妻入屋根の正面に平入り下屋がつく「かぐら建て」という三国独特の建築様式が特徴となっています。

三国港の豪商森田家創業の森田銀行新本店は、大正9年(1920年)に建築された県内最古の鉄筋コンクリート建造物で、外観は西欧の古典的なデザイン、内観は豪華な美しい漆喰模様となっています。

大宝2年(702年)泰澄大師によって開かれたと伝えられており、中世に繁栄した豊原寺の歴史的足跡を辿る史資料を集めた史料館となっています。

明治12年(1879)に建造された龍翔小学校の外観を模して、昭和56年(1981)11月に三国の高台に復元された資料館で、多くの歴史的資料を保存しています。

丸岡城の城主有馬家の菩提寺となる高岳寺には、有馬家9代の墓が、今も整然と並んでいます。

祭神として椀子皇子(継体大王の息子)、振媛(継体大王の母)、彦主人王(継体大王の父)を祀っています。

大山昨命(おおやまくいのみこと)と継体天皇を祀る神社で、県指定文化財の太刀や立願文、実物大の木造彩色の神馬が安置されています。

慶長18年(1613年)丸岡城主となった本多成重が創建したと伝えられる本光院の境内に、本多作左衛門をはじめ歴代の墓があります。

南朝の忠臣新田義貞公の墓所で県の指定史跡となっており、公の遺品は称念寺の寺宝として保存されています。

六呂瀬山の山頂に位置する前方後円墳2基と方墳2基からなる北陸最大級の前方後円墳を含む古墳群です。

三国サンセットビーチ脇の突堤で、国の重要有形文化財に指定され、三角港(熊本県)、野蒜(のびる)港(宮城県)と並んで「明治三大築港」といわれています。

江戸時代初期に建てられた県内最古の民家で、正面が入母屋、背面が寄棟造り、茅葺屋根で、外壁は杉皮張りに障子の白が映え、清楚な美しさを見せています。

永和元年(1375年)に創建された三国で最も古い寺院で、国宝や重要文化財が保存され、山水庭園は、いつまで見ていても飽きない美しさを呈しています。

天正4年(1576年)に柴田勝家が甥の勝豊に築城された平山城で、現存天守閣では最古の建築様式を持つといわれています。